トップページ コンテンツセレクト ●もぐらのもぐ太陽活動気候変動研究プロジェクトチーム 公式発表ページ

 

 

 

2018年8月22日
※2019年3月21日
最新の結果を踏まえ再編集

 

発表者:もぐらのもぐ太陽活動気候変動研究プロジェクトチーム

 

発表骨子

太陽活動120年周期の発見と東北地方の気候120年周期を発見

冷夏の原因「やませ」のメカニズムを探ると自ずと辿り着くこの世界の核心的事実
日本でのみ発生する自然現象が太陽の大周期を解き明かす

 

以上の内容を発表します。

 

 

第一章・東北地方における気候120年典型パターンの発見。

天明の飢饉:1782年~1788年
天保の飢饉:1832年~1838年

期間は諸説あるがそれぞれ1年の猛暑がありその前後で冷害が発生していました。
その期間で特に凶作となった年は「やませ」という自然現象が発生していました。

その天明と天保の飢饉を2大天候不順期間と定義します。

それを太陽活動グラフに帰納すると以下の図になります。

気候に関しての情報元は宮城県公式サイト「災害記録」など。
東北地方の古い気候の記録はなかなか一つにまとまっていません。
ですから多くの文献を読み込む必要があります。

なお1783年の盛岡藩(現在の岩手県)では8月の朝に雪と霜が降ったことが記録されています。
それも「やませ」が主因と推察されます。

https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/299929.pdf

日本史に詳しい方ならご存知だと思いますが、明治中期~昭和30年頃まで東北地方では
冷害が続き農村が困窮したと伝わっております。その困窮がドラマ化されていたりします。

明治中期~平成までに発生した天候不順期間も太陽活動グラフに帰納しました。

下図のような結果となります。

1950年代になると様々なことが進化し大飢饉や飢饉に発展することはなくなりました。
ですから1950年代に天候不順が続いたことは案外知られていません。

さて。実はそれぞれ東北地方の120年分の気候の記録と太陽黒点観測120年分のグラフと
なっております。

120年毎に分けた二つの時代のグラフです。それを合体させてみると・・・・・

このように何やら周期性がありそうな結果が現れるのです。

1780年~1900年

1900年~2020年

この二つの時代の東北地方の天候不順期間は繰り返されていた?
そして太陽活動のグラフもなんとなく似ています・・・・

 

第二章・太陽活動120年典型パターンの発見。

それでは二つの時代の太陽活動グラフを完全に重ね合わせてみます。

いかがでしょうか?前半はズレズレに見えますが後半は類似性が大変高いのです。

 

後半の拡大です。おおよそ一致しています。ビックリですね。120年前の反復のような推移です。

前半がズレズレに見えますがよく確認すると逆転はしていますが全くでたらめに推移を
している様子ではありません。

この事実を発展させると・・・・こんなことが浮かび上がるのです。

こちらはベルギー王立天文台からダウンロードした太陽黒点観測グラフです。

この図に、一連の120年周期を反映させてみると・・・・・

このように、大きな大周期が隠されていたことが判明します。

これより以前の黒点観測はほぼ行われていないために最大限の反映がこのような結果になります。
そして前半の欠損は「マウンダー極小期」があったので黒点が観測されていなかった時期を含みます。

赤いラインから飛び出している期間はダルトン暴発期と定義してみました。その期間は極端な記録が
残っているだけでなく西暦1770年に日本各地で壮大なオーロラが発生しております。

参考・国立極地研究所:史上最大級の磁気嵐の可能性
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20170920.html

ダルトン暴発期
サイクル2:確認されている中でもっとも最短で終了。かつ壮大なオーロラがピーク付近で発生
サイクル3:二番目に短い期間で終了
サイクル4:もっとも長い期間で終了

大きなサイクルは24サンプルが確認されていますが(極小さなサイクルは2つ)、その中で
極端に短いものと最長のものが発生している・・・・すなわち定型的な様子ではありません。
その反動から3つのサイクルの元気がありません。その期間はダルトン極小期として
定義されている期間と重なりますが江戸で降雪が多かった記録が残っており、
品川で1メートル80センチ(9尺)を越えた降雪記録が残っています。

ですからもしもダルトン暴発期がなく反動期もなければ、きれいな山と谷が確認されたかもしれません。

そして大周期と東北地方の天候不順期間はこのような理解ができます。

120年の大周期が上昇傾向にチェンジする付近、下降傾向にチェンジする付近で
数年に渡る天候不順期が発生していると推認されます。

 

第三章・偏西風の蛇行と太陽の変動の関係

 

東北地方で発生した大飢饉は極端な冷夏が主因であり、その極端な冷夏は「やませ」が原因です。
東もしくは北東もしくは北よりの風が東北地方の各地に夏の間吹き続けます。

その風は大変冷たく湿っており、雨雲を発生させて日照時間をさえぎり、なおさらのこと極端な冷害になるのです。


※引用元:サンケイさん

この図が分かりやすいと思います。

こんな状況が数週間以上も続いてしまうのです。
冷たい湿った風、低層雲が常に発生、長雨が続いてしまい極端な冷夏になってしまいます。
特に条件が悪いと8月に雪が降るほどです。盛岡藩では1783年8月の二日間において
雪と霜が降ったと記録されています。

 

参考情報
「ユーラシア大陸東岸の島国日本は冷夏による災害を地球上で最もうけやすい
-1993年平成大凶作,1980年冷害,1783~88年天明大飢饉など」

https://dil.bosai.go.jp/workshop/02kouza_jirei/s22reika/reikasaigai.htm
独立行政法人 防災科学技術研究所 自然災害情報室

上記の参考情報では「やませ」の概要そして日本特有の自然現象であると解説されています。

なぜこのようなことが数週間も続くのか?それは偏西風の蛇行が原因と分かってきました。

しかし・・・・これまで誰が偏西風を蛇行させているか分かっていませんでした。

エルニーニョ現象が原因だと指摘されるも必ず噛み合っているわけではありません。

そうです。さきほどの太陽活動と気候のグラフの相関性から推認することができます。
太陽活動の変動とこの「やませ」は相関があるのです。

 

太陽に120年の周期性があり・・・・太陽の変動が偏西風を蛇行させていたとすれば・・・・

おのずと気候にも120年の周期があることになる・・・・・

120年の中で4箇所に強い周期性を感じるポイントがあります。そのうちの一箇所をピックアップしました。

太陽の変動が似ていれば、偏西風蛇行モデルも似てしまう。太陽の変動と気候の変動には相関があると
推認される証拠の一つです。

参考となる情報を引用します。

書籍 異常気象─天明異変は再来するか─ 和田英夫・根本順吉・朝倉正ほか1965(昭和40)講談社

上記書籍から・・・・

様々な事と絡んでいるので完全にリピートされるとは主張しませんが・・・・太陽活動のリピートを我々が発見しました。その発見を根拠にこの図を理解すれば、同じような太陽活動が120年周期でリピートされるのであれば、この第81図および第83図の変化もまたおおよそ同じように繰り返されるという理解になります。ですから太陽黒点観測数グラフの重ね合わせによるリピートの発見はおのずと気候の周期性も証明する事になります。

 

放射性炭素14グラフ。ここに120年単位で区切ってみました。やはりここでも120年周期と思われる
推移を示しています。本来はこのように用いるデータではありませんが他にサンプルがありません。

さて。現在太陽黒点の発生は元気がなく、全く現れない時代に突入するのでは?と世界中の学者さんが
慌てふためいておりますが120年の周期性を予測に利用するとこのように解釈されます。

しかし太陽活動の大周期がチェンジする時期にあたるのでそれなりの「やませ」発生の可能性があります。

ただし氷河世界になるようなことはありません。

 

以上の発表はもぐらのもぐ公式ぶろぐにてより詳細に解説しております。

https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2017-11-21

黒点とは二次現象であり・・・
太陽内部の一次現象と相関があるのでは?と推認されます。
いずれにしても研究はまだ続いております。

英語版のみですがスピンオフサイトを公開開始しました。

http://www.solar-activity-is-repeated.com/

今回発表は以上です。

 

発表者