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2018年8月22日

発表者:もぐらのもぐ太陽活動気候変動研究プロジェクトチーム

 

発表骨子

東北地方における気候120年典型パターンの発見。 (第一章にて)
それに基づく太陽活動120年典型パターンの発見。 (第二章にて)

以上2点の発見を発表。それを根拠に

今回の発見から予測される事(第三章にて)

今回発見に関する重要報告点(第四章にて)

以上の内容を発表する。

 

 

第一章・東北地方における気候120年典型パターンの発見。

 

 東北地方においては古い時代から大飢饉が度々発生しているがその主因は『やませ』である。その『やませ』はこれまでも太陽活動との関係を疑われていたが、その疑いがより濃厚となる発見でもある。

上の図は太陽黒点観測グラフに東北地方で発生した冷夏群を記入したものである。
天明年間の冷夏群、文化年間の冷夏群、天保年間の冷夏群などがほぼ120年ジャストで再来している事が確認される。西暦1700年以前はマウンダー極小期である事、資料がより乏しくなる事から詳細は不明であるが西暦1700年頃からは東北地方において気候120年典型モデルが存在していた事が確認された。

 

第二章・太陽活動120年典型パターンの発見。

東北地方における気候120年典型モデルの発見はすなわち太陽活動120年の典型モデルの発見も意味する。(東北地方における気候からの帰納)

概要を述べるに留めるが、おおよそ固定的なポイントと流動的な期間が存在する。

流動的な局面では山の数が多いと切り立ち黒点観測最大値が高くなる傾向があり、山の数が少ないと黒点観測最大値が低めの傾向にありサイクルの終局が長引く傾向がある。

黒色のラインは極小期や極大期がおおよそ固定的であり誤差は数年である。

固定的なポイントのうち2つのポイントで東北地方において冷夏群が発生している。
天明系東北冷夏群と天保系東北冷夏群と名付けている。
それらは固定的な極小期付近から冷夏2年、盛夏1年、冷夏4年の計7年の冷夏群が発生する。
そのうちの2年の冷夏は『やませ』が発生し冷夏が深刻化する。
現在は品種改良などがあり深刻化する大飢饉は発生しないが近世は100万人規模の餓死者が発生していた。

画像は天明系東北冷夏群の2時代

その冷夏群にて『やませ』が発生しているが偏西風が蛇行しオホーツク海高気圧が発達する事が原因である事は定説である。太陽活動の変動の影響があり偏西風が蛇行しているのでは?と疑われる。

出典元:現在確認中※版権者さんのご連絡をお待ちしております。
太陽活動120年典型パターンがあり、その中のある固定的な極小期付近において偏西風の蛇行が発生している。太陽活動の変動から何らかの影響を受けていると思われるが詳細不明である。

 

第三章・大太陽活動期(だいたいようかつどうき)の発見


天明系の天候不順期、明治期の再来時を帰納し、享保系大干ばつ群も帰納。そのラインを繋ぐと大太陽活動期の存在が浮かび上がってくる。

マウンダー極小期直後は不安定気味であり、暴発(ぼうはつ)現象とその反動が起こっているよう見える。ダルトン極小期は暴発の反動の可能性?。西暦1900年〜西暦2020年までは理想の大太陽活動期を記録しているのではなかろうか。


日本における竹の開花と大太陽活動期の関係はこのようなものとなっている。偶然の可能性を否定できないが、大太陽活動期と120年に一度と考えられる竹の開花には関係がある可能性。

 

第四章・今回発見から予測される事

1・太陽活動典型パターン解明から長期予測の可能性。

その1例

2・気候典型パターンから気候長期予測が可能性。

その1例※制作者:正村史朗氏


3・太陽活動と気候の関係の解明に一歩前進

 

第四章・今回発見の重要報告点

我々は地球寒冷化問題の研究を続けていた。その時代の食糧危機問題をテーマにしていた。その過程で東北地方を主に飢饉が定期的に発生していた事、『やませ』が関わっていた事、その『やませ』は太陽活動と関連がありそうだと気付き、太陽活動グラフに『やませ』発生年を記入してグラフ制作している最中に120年周期に気付いた。そこで過去に発表者がいないか検索し続け関連ワードでのヒットが無い為に『やませ+論文』でヒットしたものを全て閲覧していたら正村史朗氏が残したドキュメントを発見した。

正村史朗氏発表ドキュメント2005年8月
https://www.metsoc.jp/LINK/LongForc/Grosswetter/43.pdf

正村史朗氏は地震予知など予言とその的中に主眼を置いていたと思われる。大手新聞に2度掲載されていたがここまでの大きな発見がなぜ世から完全に消えていたのか?不明な点があるが正村史朗氏の発表やドキュメントは荒原稿的であり他人に理解し辛かった事、予言に主眼を置いてしまっていたので預言士として認知されてしまっていたのか?おおよそそのような事が常識的に考えられる。
 また、気候を数百年先まで予測できると断言しているが、近世で気候典型パターンが発見された事がすなわち将来も続くと考えてしまっていたなど、客観性というところでも疑問視されてしまっていたのかもしれれない。しかし正村史朗氏が西暦1950年代におおよその気候典型パターンを発見していた事実の偉大さが揺るぐことはないと考える。ただし太陽活動の典型モデルについてはそこには主眼がなかったので曖昧な理解から起こした図があるのみである。それに関しては我々が多くの点で補足している。
※第三章の気候典型パターン図は正村史朗氏著作『巨大地震は予測できる・実業之日本社1977年』より引用。

我々の研究の過程はこちらに一部残っている。120年周期に気付く直前の様子
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-08-10-kikouhendou-120-cycle

こちらはさらにその前の段階。もぐらのもぐ公式ぶろぐでは古くは西暦2008年頃から黒点減少問題を度々記事化してきていた。
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-07-20-taiyoukatsudou-wakariyasuku

西暦2018年11月21日のエントリーから本格的に研究開始。この度の発見に至った。

今回発表内容を地球寒冷化問題エントリーにてより詳細に解説している
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-08-22-chikyuu-kanreika-matome

 

 

今回発表は以上。

 

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